日系企業を退職後、「上海さるく」で歴史と文化を紹介する中国人
去年初めに日系企業を退職したサラリーマンのアルバート・ヤン(Albert Yang)氏は、上海のガイド付きウォーキングツアーに参加するのが趣味だ。ある時ヤン氏は上海考古学が企画した特別なツアーに参加したが、それが彼に新しい道を開くことになった。
ヤン氏はCNSジャパンの記者に、「そのツアーは、古い建物に埋め込まれた美しさや古い街路に隠された歴史を探索するという私の熱意を啓発してくれました」と述べた。「過去に何度道を歩いていたとしても、知らなかったり気づかなかったりすることがあります。その小さなディテールは、私たちを過去、現在、未来と繋ぐ点なのです」と話した。
市内のガイド付きウォーキングツアーの参加者に「歓太郎」として知られたヤンさんは、ツアーの楽しさを知った多くの地元住民の一人に過ぎない。しかしヤン氏は、中国語を話さない日本人住民がこの楽しい経験を共有できないことをこれまでずっと残念に思っていたそうだ。
そこで日本に7年間住んだことがあり、日本語を流暢に話せる特技を生かして、ヤン氏は日本人向けの上海ウォーキングツアーを始めることにした。日本の外務省によると、2020年時点で上海には4万人の日本人が住んでいたため、潜在的な参加者を広く集めることが期待できた。
ツアーの名前は「上海さるく」に決めた。その理由についてヤン氏は、「さるくという言葉は長崎弁で『歩く』を意味します。標準語ではなく方言を使いたかったのは、上海には北京語と異なる独自の方言があり、中国独特の文化があるという雰囲気を参加者に伝えたかったからです」と述べた。
ヤン氏はツアーのコースとして、個人的に馴染みのある、あるいは日本人に関連する歴史的に重要な地域や通りを選んだ。その中には、彼が10年近く働いていた松江区や、彼の両親が住んでいる復興西路、そして前世紀初めに多くの日本人が住み、1937年に中国と日本の軍勢の間で有名な戦いが起きた場所の虹口区もある。
最も人気のあるツアーの一つは、蘇州河近くの光復路から始まり、北外灘の黄浦路までのルートだ。約2時間のこのツアーでは、古い工場、アパート、郵便局など、10近くの史跡を巡る。
特にこのコースでは、1937年8月から11月にかけて中国と日本の兵士による「淞滬会戦」として知られるようになった四行倉庫を訪れる。古い倉庫の外壁には弾丸と大砲の穴が今でも残っている。
四行倉庫の歴史を説明するヤン氏(左から2人目)
ヤン氏は、1930年から40年代の血なまぐさい日本占領時代の詳細については語らないと言う。それはヤン氏が教訓は歴史から学べるため、と考えているからだ。
「1930年代の上海の繁栄と近代化が日本の侵略によって中断されたことは疑いの余地がありません。私たちが学んだのは、常に平和を守り、戦争に反対するということです。双方とも苦しみました。より良い明日を築くために協力できるように、歴史を理解することは日本人にとって良いことです」。
ツアーは週に1~2回、主に週末に開催する。ツアーで訪れる場所の歴史的事実や物語を探すため、ヤン氏は平日、図書館をよく訪れるという。
各ツアーの参加者は約10 人。このうちの約3分の1は日本からの駐在員で、残りは日本語を話す中国人だ。
上海在住の日本企業に勤める黒田光則さんは、「上海さるく」の当初からのサポーターである。上海に住んで7年になる彼は、上海と中国の歴史にいつも興味を持っており、「上海さるく」のツアーは彼にとって目を見張るものだったと語った。
黒田さんは、「余暇に街を歩くのが大好きです。特に虹口区が好きですが、それは約100年前に多くの日本人が住んでいた場所だからです」と語る。「ある日、円明園路を歩いていた時、上海考古学のオフィスに行き当たりました。そこで、『上海さるく』の宣伝を見ました。私は昔から古い建物を見るのが大好きだったので、ツアーで語られる物語を聞くとさらに興味深くなります」。
そして黒田氏は、今後は上海の産業発展の歴史を浮き彫りにする楊浦区へのツアーが拡大することを期待していると語った。
松江区にある百年前の石橋の碑文をツアー参加者に示すヤン氏。碑文には橋の名前と建設年月日が記されている。
今、上海では「シティウォーク」というコンセプトに非常に人気が集まっている。特に上海を第二の故郷と考える駐在員の間で人気が高い。しかし外国語によるウォーキングツアーは少ないうえに、ほとんどが英語で行われている。そのため、日本語で解説してくれる「上海さるく」に参加して、これまでの知識の空白を埋めようと考える駐在員もいるそうだ。
ヤン氏は、「上海さるく」をさらに発展させたいとして、「ツアーのために多くのコースと新しい交通手段を模索しています。シティ“ウォーク”と呼ばれていますが、時間を節約してより遠くの地域に行くためには、シェア自転車やタクシーを利用することも考えています」と、今後への希望を述べた。
記者:吕斐然
写真:吕斐然、アルバート・ヤン、シティ・ニュース・サービス
編集:曹俊
ソース:シティ・ニュース・サービス




