配達員から世界の頂点へ――336kmを走り抜いた男、アジア人初の快挙
イタリア北西部のアオスタ渓谷で開催されたトレイルランニング大会「トル・デ・ジアン(Tor des Géants)」の330km部門「TOR330」で、中国人ランナーの趙家駒(チョウ・ジアジュ)が65時間55分22秒で総合優勝を果たした.
大会創設以来初となる中国人選手、アジア人選手としての優勝で、従来のコースレコード66時間08分22秒を13分短縮する快挙となった.
しかし、この物語はアルプスから始まったわけではない.
チョウ・ジアジュは1995年2月に貴州省で生まれ、湖南省湘西の鳳凰古城で幼少期を過ごした.15歳のとき、武術を学ぶため湖北省の武当山を訪れたが、学費を払うことができず、入門を断られた.そこで、武当山近くの食堂で働いてお金を貯めながら、動画を見て独学で武術の練習を続けた.
その後は警備員や調理場の仕事など、さまざまな職を経験した.2014年ごろには浙江省杭州市でフードデリバリーの配達員として働き始める.ほかの配達員がバイクを使うなか、彼は走って配達した.月に約1500件を配達し、この仕事を「給料をもらいながらできる長距離トレーニング」と捉えていたという.
当時、背負っていた配達バッグが、いつか世界屈指の過酷なトレイルレースへとつながるとは、誰も想像していなかった.
「トル・デ・ジアン」は、どれほど過酷なレースなのか.実測336.1kmにも及ぶコースは、累積獲得標高が24,000mを超え、エベレスト約3座分の高さに迫る.選手は制限時間150時間以内に、標高の高い峠を25カ所も連続して越えなければならない.昼夜の寒暖差、複雑な山岳地形、低温や高山病、極端な風雨が選手たちを待ち受ける.
レースには強制的な休息時間が設けられておらず、世界で最も過酷なトレイルレースの一つとされている.
チョウ・ジアジュの優勝までの道のりも、決して平坦ではなかった.1年前、初めて「トル・デ・ジアン」に挑んだ彼は、203.8km地点のグレッソネイのライフベースで体力を使い果たし、無念のリタイアを余儀なくされた.そのとき、彼が残した言葉は一つだけだった.
「必ず戻ってくる」
そして今年、彼は再びこの場所に戻ってきた.ペース配分を見直して再びレースに挑み、203.8km地点のエイドステーションでは、短時間の補給に加え、マッサージや着替え、仮眠を取り、約50分間滞在した.その間に、「素早く入って素早く出る」作戦を取るスイスのジョナサン・シンドラー(Jonathan Schindler)に先行を許した.
しかし、エイドを出たチョウは一気にペースを上げ、約223km地点でシンドラーを捉え、再び首位に浮上.その後は最後までリードを守り切った.
307.5km地点のエイドステーションに到着した時点で、経過時間は60時間07分.すでにシンドラーとの差は47分に広がっていた.
レース全体を通じて、チョウが取ったのは、短時間の睡眠を繰り返す「分割睡眠」の作戦だった.合計睡眠時間はわずか約1時間.生理的な限界に近づく身体を抱えながら山々を越え続け、疲労、痛み、眠気という試練に耐え抜いた.
レース後、チョウは、後半は「生きていることがつらいほどの苦しさだった」と振り返った.身体の痛みやかすむ視界、山頂で眠気に襲われ、ふらつく身体.自分の頬を何度も平手で打って意識を保ち、最後は精神力で乗り切ったという.
今回のレースを、168kmを超える超長距離レースへの最後の挑戦にすると明言し、一般のランナーには、無理に超長距離レースへ挑戦しないよう呼びかけた.10kmや20km程度の距離でも、この競技の楽しさを十分に味わえるという考えだ.
レース後は2カ月間の休養を予定している.
レース前、彼はSNSにこう記していた.
「巨人の道、進むしかない.私たちが越えなければならない山は、いつだって心の中にあるあの高い山だ」
フードデリバリーの配達員から世界の頂点へ.203.8km地点でのリタイアから、336.1kmを走り抜いた先の栄光へ.かつて人より多く走った一歩一歩を、チョウ・ジアジュは今日、アルプスの頂へと続く階段に変えた.
彼が越えたのは、目の前に立ちはだかる高い山だけではない.かつては手の届かない存在だった、心の中の山もまた、乗り越えたのだ.
一歩一歩は、決して裏切らない.ひとりひとりの普通の人が積み重ねる粘り強さは、ときに、想像もしなかった場所へとつながっていく.




