空海と顧野王、時を超えた邂逅——「顧野王文化探訪の旅」、上海で盛大に開幕

by 王文彦、美新
July 18, 2025
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2025年7月17日、時代と国境を越えた壮大な文化イベント「顧野王文化探訪の旅」が、上海市金山区の亭林書院・玉篇体験館にて開幕した。上海日報社と亭林鎮の共催による本イベントは、日中両国の深い文化的つながりを象徴するものとして、多くの来場者とメディアの注目を集めた。

小惑星に刻まれた名前

イベントの冒頭では、文化と科学が交錯する印象的なニュースが紹介された。今年5月9日、中国科学院紫金山天文台は、国際番号519419の小惑星に「顧野王星」という名称を正式に命名。これは南朝時代の著名な学者・顧野王の業績を称えたものであり、彼が築いた漢字文明への貢献が、宇宙空間にも記された。

上海顧野王文化研究院の蒋志明院長は、イベント内で開催されたミニ講座にて、「『顧野王星』の命名は、顧野王個人の学術的功績に対する高い評価であり、同時に漢字文明の継承と発展への期待を象徴するものです」と語った。

上海顧野王文化研究院院長 蒋志明

空海の事績との融合、日中文化交流の原点を辿る

本イベントでは、顧野王の文化的足跡に加え、日本から唐代の中国へ渡った高僧・空海の伝説的な旅路も紹介された。空海(774–835)は804年、遣唐使として中国・福州の赤岸鎮に到着。漢文に長けた空海は、使節団と唐の官僚との交渉で重要な役割を果たし、『大使のために福州観察使に呈する書』を執筆して、通関に必要な文書の不備を補った。

その後、福州の開元寺に滞在し、参拝した際に有名な詩『霊源深処離合詩』を残している。また、書家・欧陽詢の真跡を日本に持ち帰るなど、書道文化の交流にも大きな足跡を残した。帰国後は真言宗を開宗し、多くの著作を通じて中国文化の普及に尽力。現在、福州の開元寺には日本の友人たちの手によって建立された空海の銅像・石像が置かれ、日中文化交流の象徴となっている。

展示品の一部

『玉篇』——中国で失われ、日本で守られた文字の宝庫

顧野王の代表作『玉篇』は、中国最初の楷書字典として三十巻に及び、漢字を部首別に分類し、字形・読み・意味を丁寧に解説した作品である。後漢の許慎による『説文解字』を土台にしつつも、より実用的かつ詳細な解説を特徴としており、東アジア漢字文化圏に広く影響を与えた。

しかし中国本土では、『玉篇』の原本は早くに失われ、唐や宋の時代に改訂・増補されたバージョンのみが伝わっていた。一方、日本では、古くからその写本が寺社や収蔵家によって大切に保管されてきた。特に早稲田大学、伊勢神宮、石山寺などに所蔵されている『玉篇』の残巻は、日本の国宝に指定されており、今日でも中国字書研究において不可欠な資料である。

日本最古の漢字辞書である空海編の『篆隷万象名義』も、『玉篇』に強く依拠しており、構成・語義説明ともに原典と多くの共通点を持つ。これは、空海が『玉篇』を日本にもたらしたとされる根拠にもなっている。

展示品の一部

「顧野王文化探訪の旅」文旅ルート発表

今回のイベントでは、「顧野王文化探訪の旅」文旅ルートが正式に発表されたことも大きな注目を集めた。もし上海レゴランドの開園が金山区にもたらしたのが「人気」と「流量」であるならば、この新たな文化探訪ルートは、金山に深い歴史的意味と文化的厚みをもたらすものである。

新たに発表された文旅ルートは、亭林遺址公園、亭林黒陶文創園、そして松隠禅寺という三大文化ランドマークを核とし、周辺の特色ある観光資源と連携して設計された。亭林の歴史的深みと禅的な山水風景を巧みに融合させており、金山区が推進するG320文旅連廊プロジェクトにおける新たな文化のハイライトとして期待されている。

亭林鎮副鎮長 李書剣

日本の声:古川岳史氏インタビュー「顧野王の物語を未来へ」

イベントでは、「顧野王文化宣伝大使」に任命された日本人の古川岳史氏へのインタビューも行われた。「顧野王ゆかりの地を訪れて、非常に有意義な見聞ができました。顧野王の『玉篇』がもととなり、日本へ漢字が広まったことに深い感銘を受けました」と語った。

今後の展望については、「SNSで面白いコンテンツを作って顧野王の物語を広めたい。アニメ化も面白いと思います。さらに、顧野王ゆかりの地と日本の歴史都市を結び、相互ツアーや学術協力を通じて交流を深めていければと考えています」と述べ、日中間の友好促進への意欲を示した。

顧野王文化宣伝大使 古川岳史

京都大学・高田時雄教授も過去に訪問

顧野王への敬意を示す印象的なエピソードとして、京都大学の東洋史学者・高田時雄教授が以前、亭林書院を訪れた際の行動が紹介された。教授は、顧野王がかつて読書・執筆に励んだとされる「読書堆(書見台)」の上に静かに身を5分間そこに横たえ、顧野王の精神と対話するような体験をされたという。

この行動は、歴史的現場と心を通わせることで学問の深みに迫ろうとする、研究者としての姿勢を象徴しており、現在も多くの人々の記憶に残っている。高田教授の訪問は、京都大学と亭林書院との精神的・学術的つながりを象徴する出来事として語り継がれている。

イベント中の写真

文字でつなぐ国際文化協力、現代への展望

イベント会場では、上海日報社と亭林鎮人民政府による「顧野王文化対外宣伝・普及協力協定」の締結も行われた。今後、『玉篇』と顧野王文化の世界的普及を目指し、連携してプロジェクトが進められる予定である。

また、日本人の古川岳史氏と蒋志明院長が「顧野王文化宣伝大使」に任命されたことにより、日中文化交流の象徴的人物が新たに誕生した。

亭林書院内の玉篇体験館と、福州開元寺の空海像は、顧野王と空海という日中の文化的先駆者の精神遺産を今日に伝える拠点である。彼らの遺したものは、文字を通じて時空を超えて人々の心を結びつけ、国際文化理解への関心を呼び起こしている。

イベント中の写真

『漢字東渡』——文字がつなぐ歴史と未来

今回のイベントに深く関係する書籍『漢字東渡』(浙江大学出版社)は、漢字が日本に伝わる歴史と、その中での『玉篇』の役割を明らかにするものである。著者は、「漢字が日本に伝わらなかったら、日本文化はどうなっていたのか」という日本人学者の問いに触発され、徹底した調査を行った。

本書では、『玉篇』が中国で失われながらも、日本において保存・研究され、さらには倭玉篇(和玉篇)として独自の辞書文化にまで発展した様子が紹介されている。その伝播と変容は、「塀の内側で花が咲き、塀の外側に香りが広がる」という表現そのものである。

展示品の一部

顧野王と空海、時代も国も異なる二人が、それぞれの歩みを通じて築いた文化の架け橋は、現代の我々にもなお強く語りかけてくる。文字は単なる記号ではなく、精神を運ぶ器であり、国境を越えて人々をつなぐ力を持っている。今回のイベントは、そうした文化の本質を体感する貴重な機会となった。


参考資料―黄賀強.塀の内側は花が咲き、塀の外側は良い香りがする,漢字の東渡から覗く『玉篇』の影響

“龘”を知っていますか?――文字で東アジアを結ぶ

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